パート4 ~ホテル経験談2~
3年目は就職活動。私が追いかけたのはもちろん一流と呼ばれた舞台。日本のホテル御三家とも呼ばれる中の一つホテルOです。希望した職種はドアマン。そう簡単には希望した部署、職種にはいけないだろうと覚悟していましたが、なんといけてしまいました。ちょうど空きがあったのです。もうやるしかない。そう決めた私は努力を惜しまず必死で働きました。 ホテルO神戸の宿泊部には本当に素敵な先輩方がいらっしゃいます。常に笑顔を絶やさずすべてのお客様を大切にするNマネージャー。すべての仕事を完璧にこなし、従業員が少なくても迅速に、そして尚且つどんなお客様の表情の変化も見逃さないミスター一流Nベルキャプテン。 京阪神のどんなvipの車がきても一瞬で会社名、肩書き、名前を答えることが出来る名物ドアマン辞典Kチーフ。そして姿勢から仕草、性格、指先まですべてがジェントルマンNアシスタントチーフドアマン。ホテルO神戸で3年間働かせていただきましたが、この方々と一緒に仕事が出来たことは私の誇りです。
ここでホテルO時代の珍事件を紹介させていただきます。
ある日、天皇陛下がホテルOにお見えになったときのこと。その日ドアマンは大忙しです。レッドカーペットを引いたり、他の車の案内をしたり、社長をはじめマネージャークラスの従業員に情報を伝えたり、警察の方々と情報交換したりと。お見えになられる前にKチーフに質問しました。天皇陛下はどんな車で来るんですか? チーフは一言。「すぐ分かるわ。センッチュリーや。」 車番は教えてくれなかったので、しつこく聞くと、 「だからすぐわかるって!」 すっきりしないまま天皇陛下をお迎えする時間になりました。警察の車列と一緒に来ると聞いていたので、イメージトレーニングしていたそのとき、車列の先頭が現れました。それから何台目かにセンチュリーがあったので、あれか!っとおもったら車列ごと通り過ぎていきます。あまりの車列の長さに圧倒されながら待っていると。現れました。ナンバープレートが真っ黒で金でできた菊の家紋が。。。 チーフが言ってた「すぐ分かる」の意味がやっとわかりすっきりしました。
ホテルで働いていると、毎日いろいろなドラマが生まれます。芸能人の方々にも沢山お会いしました。握手しただけで1万円むりやりチップを渡されたなんてことも。。ホテルOで働いていた3年間は最高のスタッフと一緒で本当に楽しかった。 オーストラリアに戻ろうと思ったのはOをやめる半年前。ちょうど2年半くらいたったころです。仕事にも慣れ、自分の仕事にも納得ができるようになってきました。新しい目標、新しい夢がほしかったのです。ホテルには、その頃の自分の英語力とは比べられないくらいのレベルの人が沢山います。 オーストラリアに戻れば英語ももう少し学べる、そして17からはじめたダンスももうすこしできると考えたのです。気がつけばまだ自分はオーストラリアにいます。